医療訴訟と同じ構造か [医療事故]
産経新聞 ドンキ放火 さいたま市を提訴 遺族「消防の怠慢」
平成16年12月にあったさいたま市緑区のディスカウント店「ドンキホーテ浦和花月店」放火事件で焼死した従業員3人の遺族が12日、「死亡したのは、さいたま市消防局の怠慢のせい」などとして、同市に計約1億8900万円の損害賠償を求める訴訟をさいたま地裁に起こした。
訴状では、火災現場に到着した消防隊の情報収集が不十分だったため、救助隊の店内への突入が15分後になるなど、最優先義務の人命救助活動に怠慢があったことから、3人は逃げ遅れて死亡したなどとしている。
死亡した関口舞子さん=当時(19)=の父、広明さん(52)は提訴後の会見で、「3年前の12月13日から血のにじむような苦しい日々。なぜ3人が犠牲になったか、真相を明らかにしたい」と声を詰まらせた。
提訴を受け、さいたま市の相川宗一市長は「訴状を見て対応する」とコメントした。
この事件では、現住建造物等放火などの罪に問われた無職、渡辺ノリ子被告(50)がさいたま地裁で無期懲役判決を受け控訴している。
この記事を読んで医療事故と同じような構造に見えます。詳細はわかりませんが、さいたま市消防局に著しいミスや「怠慢」があったのでしょうか。
火災で犠牲になった人は浮かばれないでしょうけれど、なぜそんな目に遭ってしまったのか。当然ですが、放火のせい、で間違いないでしょう。放火の犯人とされる刑事被告に賠償を求めるべきところです。
支払い能力がないので、取り敢えず行政を相手に賠償を求めようと言う発想でしょうか。
遺族感情はわかりますが、このように消防を訴えるのには、強い違和感を感じます。
医療訴訟にあっても、患者取り違え、左右取り違え手術などなら話はわかりますが、結果が良好でなかったものを訴えようとする昨今の訴訟に違和感というより危機感を感じて、書いて来ました。
今回の消防も、患者の疾患と立ち向かう医療者も、最善の結果が得られなかったら訴える、というのであれば、消防も医療も担い手がいなくなります。
もしニュース記事のような訴訟が多発するようになったら、医療崩壊に次いで消防崩壊、でしょうか。消防士を目指す人がいなくなってしまうかも知れません。
ともかく誰かを訴えよう、というのはやめて頂きたいと思うのです。







このような訴訟を起こして、仮に裁判所で「行政の怠慢」が認定されたとしても、そもそも行政の怠慢を許したのは我々市民に他ならないのだ、という事を忘れてしまっては、同じ悲劇が繰り返されるだけです。要するに、「被害感情も度が過ぎれば、結局自分自身に跳ね返ってくる」という証左に他ならないような気がしてなりません。
ちなみに、3月11日付毎日新聞では、愛知で起こった「闇サイト殺人」の被害者遺族が鳩山法務大臣に書簡を送った所、大臣から遺族宛に返信があった、との記事が掲載されていました。
その返信には「凶悪犯罪に厳罰を下すことが犯罪抑止につながるとの考えには同感です」との記述があったとの事ですが、そんな科学的根拠はどこにもありません。
実際問題として、鳩山大臣が死刑執行に同意して何人もの死刑囚を”処刑”しても、それによって殺人事件が無くなった訳ではない、というのが何よりの証拠です。
by yokohamachuo (2008-03-12 08:38)
ご訪問ありがとうございます。
ご指摘の通り、行政の怠慢がもしあったとしたら、確かにそれを監視すべき国民・市町村民の怠慢でもあるということですね。もっともそれを一人ひとりが指摘しても簡単には改善されない構造もあるかも知れませんが。
鳩山法相の返信についても私も違和感を感じていました。私がいつも批判して来たバカのひとつ覚え「厳罰化」、ただ、業過致死傷罪におけるものでなかったので、まだコメントを考えていませんでした。
故意犯に対しても厳罰化が犯罪抑止に繋がるというのはあまりに単純かつエビデンスのない思考ですね。
コメントありがとうございます。
by 筍ENT (2008-03-12 21:32)