過失を糾弾する人たち [医療事故]
asahi.com 笠間の死亡事故で不起訴不当議決 /茨城
06年に笠間市内で自転車の男性がトラックにはねられ、引きずられて死亡した事故で、水戸検察審査会は28日、トラックを運転していた男性を不起訴(嫌疑不十分)とした水戸地検の処分は不当と議決(25日付)した。
議決などによると、06年12月2日午前10時15分ごろ、笠間市片庭の県道上で自転車に衝突したトラックが、自転車を挟み込んだまま約3・3キロ走行し、自転車の男性(当時62)を死亡させた。
トラックを運転していた男性は業務上過失致死と道交法違反(ひき逃げなど)の容疑で送検されたが、水戸地検は5月、男性が事故当時てんかん発作を起こして心神喪失状態にあった疑いがあるなどとして不起訴とした。
検察審査会は、男性の事故当時の供述が具体的かつ詳細で、目撃証言とも一致していること、急ハンドルを切る高度な運転を事故直前までしていたことなどから、「正常な意識があったと推察され、過失がないとは言えない」と判断した。
水戸地検は議決を受け、「内容を検討して、適切に対応したい」とコメントしている。
検察が不起訴とした事案を検察審査会が不当とし、起訴を促す議決を行った事例を今まで2例ほど取り上げて来ました。いずれも医療事故で、医師が手を尽くしたものの不幸な結果となってしまったものです。
特に医療は不確実なもので、結果を保証する科学的行為ではないにもかかわらず、不幸な結果に終わってしまった医療に対してそれを糾弾し刑事責任を科させようとするのは、検察よりもむしろ浪花節の素人集団、検察審査会であるという図式が見られ、暗澹たる気持ちになりました。
今回の記事は医療ではありませんが、交通事故においても何ら変わらない不毛な図式を見せつけられてしまいました。
故意犯ではありません。トラックのドライバーがわざと自転車の男性を殺したのではありません。また自転車を巻き込んでしまって、それに気付かなかったことが、まるで殺人行為のように書き立てられ、極悪非道の殺人犯のように糾弾されてしまっています。
過失行為と故意による犯罪の区別がつかなくなっているのでしょうか。このトラックドライバーを起訴させ業/運過致死罪で有罪に仕立てると、被害者の遺族は心が救済され、その日から晴れ晴れとした人生を送れるのでしょうか。
以前記事に取り上げた、青山学院瀬尾准教授が総スカンを食ったブログの表現を拝借してみます。
「トラックドライバーが投獄されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の靴を誤って踏んづけた相手の頬をパチンと平手でぶん殴ったときみたいにね」
岩手県の小児科医不起訴を不当とした岩手の検察審査会の人たちには、岩手県内の小児科を受診しないよう記事上でお願いしました。
本記事の水戸検察審査会の人たちは、茨城県内で絶対に交通事故を起こさないで下さいね。万が一起こしたら自ら進んで検察に頼み込んで、自分を極力重い懲役刑にしてもらうよう働きかけるんですよね。
他人の過失をことさらに責め立て、刑事罰を与えよと言い立てる人たちに、私は心から嫌悪感を覚えます。
06年に笠間市内で自転車の男性がトラックにはねられ、引きずられて死亡した事故で、水戸検察審査会は28日、トラックを運転していた男性を不起訴(嫌疑不十分)とした水戸地検の処分は不当と議決(25日付)した。
議決などによると、06年12月2日午前10時15分ごろ、笠間市片庭の県道上で自転車に衝突したトラックが、自転車を挟み込んだまま約3・3キロ走行し、自転車の男性(当時62)を死亡させた。
トラックを運転していた男性は業務上過失致死と道交法違反(ひき逃げなど)の容疑で送検されたが、水戸地検は5月、男性が事故当時てんかん発作を起こして心神喪失状態にあった疑いがあるなどとして不起訴とした。検察審査会は、男性の事故当時の供述が具体的かつ詳細で、目撃証言とも一致していること、急ハンドルを切る高度な運転を事故直前までしていたことなどから、「正常な意識があったと推察され、過失がないとは言えない」と判断した。
水戸地検は議決を受け、「内容を検討して、適切に対応したい」とコメントしている。
検察が不起訴とした事案を検察審査会が不当とし、起訴を促す議決を行った事例を今まで2例ほど取り上げて来ました。いずれも医療事故で、医師が手を尽くしたものの不幸な結果となってしまったものです。特に医療は不確実なもので、結果を保証する科学的行為ではないにもかかわらず、不幸な結果に終わってしまった医療に対してそれを糾弾し刑事責任を科させようとするのは、検察よりもむしろ浪花節の素人集団、検察審査会であるという図式が見られ、暗澹たる気持ちになりました。
今回の記事は医療ではありませんが、交通事故においても何ら変わらない不毛な図式を見せつけられてしまいました。
故意犯ではありません。トラックのドライバーがわざと自転車の男性を殺したのではありません。また自転車を巻き込んでしまって、それに気付かなかったことが、まるで殺人行為のように書き立てられ、極悪非道の殺人犯のように糾弾されてしまっています。
過失行為と故意による犯罪の区別がつかなくなっているのでしょうか。このトラックドライバーを起訴させ業/運過致死罪で有罪に仕立てると、被害者の遺族は心が救済され、その日から晴れ晴れとした人生を送れるのでしょうか。
以前記事に取り上げた、青山学院瀬尾准教授が総スカンを食ったブログの表現を拝借してみます。
「トラックドライバーが投獄されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の靴を誤って踏んづけた相手の頬をパチンと平手でぶん殴ったときみたいにね」
岩手県の小児科医不起訴を不当とした岩手の検察審査会の人たちには、岩手県内の小児科を受診しないよう記事上でお願いしました。
本記事の水戸検察審査会の人たちは、茨城県内で絶対に交通事故を起こさないで下さいね。万が一起こしたら自ら進んで検察に頼み込んで、自分を極力重い懲役刑にしてもらうよう働きかけるんですよね。
他人の過失をことさらに責め立て、刑事罰を与えよと言い立てる人たちに、私は心から嫌悪感を覚えます。







> 自転車を挟み込んだまま約3・3キロ走行し
この点が事実かどうか、そして過失かどうか、また実際に心神喪失だったのかどうかを裁判ではっきりさせることは必要なのではないでしょうか。
不起訴→不起訴不当という流れを厳罰化と括ることには違和感を感じます。
それから、過失を一切刑事責任に問わないとして、加害者側が民事責任(賠償金等)を果たそうとしない、もしくは果たせない(支払能力がない)場合にはどうするのでしょうか?
by 山本勘助 (2008-10-27 08:34)
ご訪問ありがとうございます。
検察が起訴すると99%有罪になると言われる日本の裁判において、検察が不起訴とした事案は、既に検察の捜査で有罪を取れないと判断したものなのではないかと考えました。この事故ではドライバーがてんかん発作を起こしていたということを認めざるを得ず(否定することが出来ず)、起訴を見送ったのではないかと考えます。
もちろん検察の“怠慢”でろくな捜査を行わず、面倒だから不起訴にした、というのでもあればそれは問題で、もちろんきちんと法廷で争うべきであろうと思います。
さて総論的な過失に対する民事解決ですが、民事責任を果たそうとしない加害者に対しては、裁判所が強制執行‥差し押さえなどを実施するという道があるのではないでしょうか。
支払い能力がない場合に備えて、現在産科事故や結果の思わしくない分娩に対して無過失補償などが始まっています。国家が被害者を救済するシステムを作るべきと思います。加害者は当然自己破産状態にすべき、というよりなるでしょう。
業過致死傷罪がなくなれば、というのは私の願い、の話ですが、現実にこの罪が存在する現在、何が何でもこの罪に問おうとする考え方に納得できないのです。
特に自分が被害者であれば取り敢えず憎しみの感情が加害者に向いてしまうのはある程度仕方ないことですが、そうでない第三者である筈の検察審査会のメンバー達が何としても「加害者」に刑事罰を、という考え方がどうしても納得できないということです。自分達だけはどんな状況でも過失を為さないという自信がおありなのでしょうか。‥という記事を書きました。
by 筍ENT (2008-10-27 21:09)