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カテーテル事故、警察と報道を斬る [医療事故]

毎日新聞 <医療ミス>群馬大病院の女性医師を書類送検

群大病院.jpg 群馬大医学部付属病院(前橋市)で07年4月、群馬県桐生市に住む60代の女性が栄養管理のため体内にカテーテルを挿入する処置を受けた後に死亡した事故は、同病院の30代の女性医師が処置を誤り動脈を傷つけたことが原因として、県警は2日までに、女性医師を業務上過失致死容疑で前橋地検へ書類送検した。

 容疑は、07年4月27日、入院中の女性に摂食障害や意識障害が生じ、栄養管理のため首の静脈にカテーテルを挿入する際、誤って動脈を傷つけて死亡させたとしている。

 同病院によると、女性の遺族とは昨年、示談が成立したという。

asahi.com 挿管ミス、群馬大医師を書類送検 業務上過失致死容疑

 群馬大学医学部付属病院(前橋市)で07年4月、60代の女性患者が首にカテーテルを挿入された際、大量に出血して死亡した事故があり、群馬県警は、挿入時に動脈を傷つけたことが死亡の原因だったとして、処置をした30代の女性医師を業務上過失致死容疑で前橋地検に書類送検した。

群馬県警本部.JPG 県警や同大によると、患者は07年4月に入院。食事がとれない状態になったため、同月27日に栄養補給のためのカテーテル(直径約2ミリ)を右頸部(けいぶ)の静脈に挿入したところ、肺から大量に出血し、約7時間半後に死亡した。

 同病院では、06年6月にもカテーテル絡みの手術ミスがあり、心臓手術を受けていた男性患者(当時70)が大量出血で亡くなっている。


群馬県警の対応と、報道に抗議したいと思います。

群馬県警はなぜ書類送検などしたのでしょうか。100歩譲って、自らには捜査能力も医学知識もないので、とりあえず検察に下駄を預けた、ということなら、ただの無能な組織と言うことで抗議するのではなく、蔑むだけにします。
検察もこれを受けて起訴するような愚行には走らないで欲しいと思います。

群馬県警.jpg静脈を穿刺するという医療行為には、動脈を傷つけてしまうというリスクを伴います。私自身も鎖骨下静脈を狙って穿刺する時に、動脈を穿刺してしまい、圧迫止血をして事なきを得た経験もあります。
皮膚を大きく切開して動静脈を露出して穿刺するのではありません。この辺りに静脈があるはずだ、という方向に、手順を踏んでではありますが、針を進めます。この時に動脈を刺してしまうリスクをゼロにすることはできません。これを送検するのなら、その前に以前から主張している、違反容疑車両を追跡したらその車両が他を巻き込んで事故を起こしてしまったケースで、追跡していた警察官を送検しなさい。


次に朝日新聞の報道に対してです。

従来、医療事故に関しては毎日新聞や産経新聞より常識をわきまえた報道姿勢であるかと思って来ました。しかるにこの記事はどうしたことでしょう。
なぜ2006年の事件をわざわざ持ち出すのでしょうか。群大病院=カテーテル事故病院、という図式でも読者に刷り込みたいのでしょうか。そうだとしたら悪意に満ちています。

そして産経新聞も書いた、医学常識の欠如表題です。血管にカテーテルを挿入することは「挿管」とは決して言いません。挿管とは、気道確保の目的でチューブを気管に挿入する処置を言います。昨今救急救命士にも許された医療行為であって、紙面にも載せたはずの語句です。

医療用語とは言え、産経新聞や朝日新聞のこの誤用はそろそろ恥ずべき時でしょう。
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被害者参加制度反対 2

共同通信 被害者参加、猶予判決に控訴せず 立ち会い初、東京地検

被害者参加制度1.jpg 被害者参加制度の適用が公表され、初めて被害者側が立ち会った交通死亡事故の公判で、自動車運転過失致死罪に問われたトラック運転手海野尚康被告(66)を禁固1年6月、執行猶予5年(求刑禁固1年6月)とした東京地裁判決に対し、東京地検は27日、控訴しない方針を固め、被害者側に伝えた。

 関係者によると、地検側は「悪質な事故とはいえず、同種事件での刑との均衡も考えた」などと説明。実刑を求めていた死亡男性=当時(34)=の妻は、地検の結論について連絡を受けた際、特に反応を示さなかったという。

 妻は公判中「被告は反省しておらず、実刑を強く望む」と求刑意見を述べたが、20日の地裁判決は「心情は理解できるが酒気帯びなどの無謀運転と異なり、一瞬の判断ミスが原因だ」として執行猶予を付けた。

 妻は判決後の会見で「執行猶予が付けば無罪と同じだ」と批判。23日にも地検を訪れ、控訴するよう求めていた。


東京地裁法廷.jpgおそらくこういう事例を取り上げていったらきりがないと思われます。被害者参加制度で被害者や遺族が法廷に入れば、当然少しでも被告人を重い刑にという発言をすることになります。

このニュース記事では、検察がどうにか前例や常識の範囲で被害者を説得したものと思われます。酒気帯びなどの要因がない限り、従来の判例ではこうして執行猶予が当然であったことについて、遺族を説得したものと思われます。

もちろん公務員として検察も、無意味な控訴をして仕事を増やすことを避けたとも考えられますが、結果的に無意味な高裁法廷を開くことなく済んだのは良かったのかも知れません。

繰り返しになってしまいますが、刑事罰の量刑はその罪そのもので決めるべきであり、被害者・遺族感情の受け皿は民事のみとすべきです。そして法廷を被害者感情を被告人にぶつける場とするのが目的となってしまうようなら、被害者参加制度はやめてもらいたいと思っています。

被告人側は情状酌量を求めて刑を軽くしようとするのに対して、被害者感情を法廷に持ち込むことによって、重くしようとする、これで初めてバランスが取れるのだという考え方もあろうかと思いますが、法や判例は最大の刑を示しているのであり、それを越えて厳罰を、という動きは危険でさえあると思います。本ニュース記事でそれを退けたことには少し安堵していますが。
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オンライン請求と不正請求? [医療制度/行政]

産経新聞 医療制度改革後退 レセプト請求の完全オンライン化先送り

レセプト提出形態.JPG
 政府・与党は27日、具体的な治療内容や投薬名、診療報酬点数が書かれたレセプト(診療報酬明細書)請求について、完全オンライン化する時期を平成23年度から、さらに先送りする方針を固めた。先送り期間については、5年にする案が浮上している。衆院選を控え、日本医師会などの反対論に配慮した。来月にも閣議決定される規制改革推進3カ年計画の改訂版に反映させたい考えだ。

 オンライン請求の義務化は、小泉政権が医療費抑制策の一環として策定した医療制度改革大綱で決定された経緯がある。それだけに義務化時期の先送り方針は医療費抑制路線からの転換といえ、与党内には改革後退との指摘もある。

 不正請求や記入ミスを発見しやすくするために導入が決まったオンライン請求の義務化は、段階的に進められ、大規模病院では20年度から実施された。

 来年4月からはベッド数20床未満の開業医などに原則適用、23年4月から完全実施する予定だ。ただ、機械購入などの費用もかかるため、扱い数の少ない開業医らについては23年4月から2年間の移行猶予期間を設定。紙レセプトを代行機関に送付しオンライン請求してもらう仕組みの導入も図ることになっている。

 こうした対応を進めていたにもかかわらず、政府・与党が先送りする方針を固めたのは、有力支持団体の日本医師会などが「対応できない開業医らが廃業すれば地域医療の崩壊を招く」などと強く反発しているためだ。日本医師会と日本歯科医師会、日本薬剤師会は昨年10月、完全義務化撤廃を求める共同声明を発表。1月には35都府県の医師らが義務がないことを確認する訴訟を起こした。

 与党内にも「医師不足対策を進めている中で逆行する動きだ」との批判が強まり、27日の自民党医療委員会では23年度の完全実施に賛成する意見はなく、希望者だけがオンライン請求する仕組みに転換するよう求める声が出された。


レセプト用紙.jpgレセプト請求オンライン化義務化は、除外規定や先送りなど、二転三転し、今のところは、殆どの医療機関に原則として2010年4月から強制される動きになっています。今回は義務化そのものや時期より、これにまつわる新聞記事に異を唱えたいと思います。

レセプト請求オンライン化強制政策は、本来患者さんとも、医療費抑制とも関係のない話です。患者さんを診察して、多くの場合患者さんから医療費の3割を窓口で頂戴します。残りの7割を各保険者・地域などの国保に請求するための書類がレセプトです。
従来レセプトは患者さん一人に一枚作成し、それを束ねて提出、審査の上支払いが行われて来ています。

そこでレセプト審査を容易にして医療費抑制しよう、という考え方がそもそもおかしい訳です。患者さんのために良かれ、と考えた治療が、少しでも健康保険の枠を外れたと疑われる場合には、「査定」と称してその分の請求を拒否しようとします。これをもって医療費抑制と言うことになるのですが、これは不正請求ではなくて、治療に合致する病名をレセプトに記載し忘れたというものが殆どです。
まるで医療機関が悪者であるかのような書き方を新聞がするのはやめてもらいたいものです。

さらに健康保険では治療できないものが多くあります。高度先進医療の問題はよく取り上げられますが、実は身近な疾患にも意外にあります。
声が嗄れて耳鼻咽喉科を受診すると、のどのための吸入薬をもらうことがあります。これは保険の決まりでは喘息にしか使えない薬です。しかし今のところ声帯に直接吹きかけて炎症を鎮め、声を出しやすくしようとする治療薬はこれしかないのです。
そうすると耳鼻咽喉科医は査定されることを恐れながらもこの薬を請求するか、レセプト上には実際と異なる「喘息」という病名をつけることになります。しかしこのいずれの方法も本来支払基金からは御法度とされているのです。
真っ正直に医療を行うのなら、声がれの吸入薬を使うと、治療は全て自費になってしまうのです。

オンライン請求が医療機関が不正を行うことを防ぐかのような記事の書き方はやめてもらいたいものです。患者のためを思って為した医療行為が保険規則からたまたま外れた時に、それを審査側や国の言うように「不正」呼ばわりするのが正義かどうか、マスコミはよく考えて欲しいと思います。
権力側の手先になったらマスコミは終わり、のはずです。
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とりあえず医療者が悪い [医療事故]

毎日新聞 順大静岡病院医療過誤損賠訴訟:順天堂に7100万円支払い命令 /静岡

順大静岡病院.jpg ◇過失認め順天堂に--地裁沼津支部判決
 順天堂大静岡病院(伊豆の国市長岡)で函南町の女性(当時34歳)が死亡したのは、病院側が手術後の注意義務を怠ったためとして、女性の遺族らが同病院を経営する学校法人順天堂(東京都文京区)に約1億円の損害賠償を求めていた訴訟の判決が25日、地裁沼津支部であった。千徳輝夫裁判長は同病院の過失を認め、約7100万円の支払いを命じた。

 判決によると、女性は鼻血が止まらず、06年2月に同病院に入院。同年3月、出血を抑えるために右足の付け根からカテーテルを挿入して血管をふさぐ物質を注入する血管塞栓(そくせん)術を受けた。術後、止血のため右足のつけ根を重しで圧迫されてベッドで寝かされ、翌朝に歩いたところで倒れ、3日後に肺梗塞(こうそく)で亡くなった。

 裁判では、原告側が「重しで長時間圧迫したため、血の塊ができて肺に詰まった」と主張。病院側は「1~2時間程度しか重しを置いていない」と反論していた。

 判決では「長時間重しを乗せた状態にして、血の塊ができないようにする処置を怠った」として、病院側のミスを認定した。【山田毅】


エコノミークラス症候群.jpg不幸な結果があればそれは全て医療側の責任‥そういう考え方に貫かれた判決がまた出てしまいました。

この鼻出血の患者さんに対しては、受けた病院は何をやっても損倍を払うことになったでしょう。もちろん鼻出血を放置して失血の末不幸な転記をとっても当然、カテーテルによる血管塞栓術を行ったあと、カテ刺入部の鼠径部の圧迫を「怠れば」、刺入部からの出血に対しても訴えられ、それを避けるために止血処置を行ったら、それとの因果関係を無理矢理認定された肺梗塞は医療者の責任になってしまいました。

すなわち、この患者さんが病院に一歩足を踏み入れた時に、病院の損賠支払いは決定してしまったことになるようです。

そもそも肺梗塞はエコノミー症候群で知られるようになったように、起きてしまうときにはなかなか避けられるものではありません。それが飛行機の座席の上だったとしても航空会社は訴えられませんが、病院のベッドの上だったが最後、なぜか医療者の責任にされてしまいます。

医療崩壊、まだまだ続きます。
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反省しない警察 [生活/くらし]

書き置いた古い記事ですが、これもブログのCMよけにアップします。

時事通信 パトカー急発進、2人軽傷=警官「誤ってアクセル」-佐賀県警

佐賀県警パト.jpg 7日午前2時10分ごろ、佐賀市駅前中央の県道で、県警佐賀署のパトカーが急発進し、近くの縁石に座っていた福岡県大川市の建設作業員の男性(22)に接触した。男性は腰を打って軽傷。よけた際にこの男性がぶつかった同県柳川市の建設作業員の男性(22)も軽傷を負った。パトカーに乗り込もうとした同署交通課の巡査部長(49)は「誤ってアクセルを踏んだ」と説明しているといい、同署は業務上過失傷害などの疑いがあるとみて調べている。
 同署によると、当時現場には暴走族を見物しようと集まっていた人などが百数十人おり、巡査部長ら同署員2人が解散を促していた。巡査部長は、パトカーに設置されているマイクを使うため車に乗り込もうとした際に、右足でアクセルペダルを踏んだと話しているという。
佐賀駅.jpg パトカーはワンボックスのオートマチック車。エンジンをかけギアをドライブに入れた状態で、サイドブレーキを引いて停車させていたという。

毎日新聞 <ワゴン車事故>コンビニに突っ込み1人重体 静岡

 3日午後4時半ごろ、静岡市葵区新間のコンビニエンスストア「サークルK静岡新間店」にワゴン車が突っ込み、レジ付近にいた買い物客ら4人がはねられた。このうち、同市駿河区青木、無職、太田隆二さん(74)が全身打撲で意識不明の重体、妻ふみ子さん(66)が足に重傷を負い、客と店員各1人が軽傷。

 静岡県警静岡中央署は、車を運転していた焼津市吉永、無職、伊藤光雅容疑者(48)を自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕した。調べに対し「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と供述しているという。

サークルK静岡.jpg 同署によると、車は駐車場の車止めを乗り越え、前部から店内へ突っ込み、5メートルほど入ってレジカウンターにぶつかり止まった。【山田毅】


また2つのニュース記事を並べてみました。そして書くことは繰り返しになってしまいますが、警察は本当に自分達に対しては甘い組織だと思います。
警察官が車の操作を誤って人にケガをさせると、「業務上過失傷害などの疑いがあるとみて調べている」とし、身内の身柄は拘束しないのでしょう。一般人が事故を起こすと即刻「現行犯逮捕」なのと大変対照的です。

サークルK航空写真.JPGそしてこの警察が他ならぬ佐賀県警であるのが気になります。以前自転車乗車中の障碍者を捕まえて、押さえつけたために死亡させてしまった事件で、関与した警察官たちの過失を一切認めなかった警察です。身内の不祥事は何が何でも認めようとしない体質が日本一なのかも知れません。

自らの無謬を主張しようとすればするほど、その信頼が失墜していくことがまだわからないのでしょうか。こういう警察が冤罪を発生させ、そして最後まで非を認めないのでしょう。
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真の飲酒運転幇助者 [車/バイク]

河北新報 実刑求めた遺族ら落胆 多賀城RV事故控訴審判決

仙台高裁.jpg 多賀城RV車事故で、酒酔い運転ほう助罪に問われた会社員佐々木大輔被告(31)を懲役刑とした24日の仙台高裁判決に、評価と落胆が交錯した。判決は「運転者による危険運転の犯罪事実を起訴事実(訴因)に盛り込むのは必要不可欠」と前例のない判断を示す一方、執行猶予付きの懲役刑が「限度」であることも指摘した。

 佐々木被告の訴因はもともと、被告に危険運転ほう助の認識がなく、同罪での立証が困難と判断した検察側が、認識と生じた結果の食い違い(錯誤)を応用して「危険運転の犯行を容易にさせた」との結論を導くという「苦肉の策」だった。

 この点で弁護側は「余事記載」と主張。公訴棄却を求めたが、高裁判決は訴因通り事実認定した一審判決からさらに踏み込み、「錯誤の状態をそのまま訴因として構成することも許される」との前例のない判断をした。

 07年の道交法改正で新設された飲酒運転「同乗罪」の罰則は3年以下の懲役か50万円以下の罰金で、最高10年の懲役となる危険運転致死傷ほう助罪との格差が指摘されている。今回の高裁の訴因判断は同乗罪の創設後も、ほう助や教唆の罪で、より重く処罰される可能性を示した形だ。

 上限5年の執行猶予は極めて厳しい。しかし、法廷での意見陳述や意見書提出で実刑を求め続けた被害者側には、やりきれなさが残る。次女を失った細井実さん(59)は「気持ちの行き場がない。娘に合わせる顔がない」と、苦悩に満ちたコメントを出した。

 一方、佐々木被告の弁護人は「被害者側の意見が反映され、こう(懲役刑選択に)なったと思っている。具体的な被害を想定していない酒酔い運転ほう助は本来、被害者の意見陳述が認められる罪ではない」と語った。


多賀城RV事故.jpg法的知識の不足している私には、このニュース記事の理解は困難です。錯誤について訴因変更が必要であるとか、余事記載で公訴棄却を求めると言った、訴訟にかかる法的手続きは、法学を学んだ人でないと理解が難しそうです。

ただニュース記事全体を読んで感じるのは被害者遺族や検察はもとよりですが、記事の論調までが、飲酒運転同乗者には何としても厳罰を、という方向になっていることが気になります。
兎にも角にも、飲酒運転した当事者のみならず、それに手を貸したと思われる周囲の人物にまでまずは厳罰化を、という方向は実は不毛だと考えています。罰を与えて刑務所に送り込むか、多額の罰金を科すことで、本当に飲酒運転が撲滅できると考えている方がおかしい、と考えます。

しつこく取り上げて来たアルコール・インターロック装置(AILS)を飲酒運転前科ドライバーに義務づけるなど、飲酒運転ができなくすることを考えても良いのではないでしょうか。こうした対策を「怠り」、飲酒運転による事故の再発をずっと許してきた警察・公安委員会の態度は未必の故意による殺人とも捉えられると考えます。

実は多額の罰金による集金が「おいしい」と考えているようであれば、最悪の交通行政です。万死に値すると思います。
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医療と採算 [医療制度/行政]

河北新報 民営化で黒字達成へ 花巻市石鳥谷医療センター

石鳥谷医療センター鎌田院長.jpg 市立の診療所で赤字経営だった岩手県の花巻市石鳥谷医療センターが、民営化によって本年度の黒字がほぼ確実となった。コスト意識を徹底しながらサービス向上を図り、岩手県内市町村の公立医療機関で唯一導入した指定管理者制度が奏功。だが、医療関係者には民間活力に否定的な見方をする人もいて、地域医療のあり方に一石を投じそうだ。

 この医療センターを運営するのは医療法人中庸会(花巻市)。診療所や老人保健施設を経営し、2008年度に市から引き継いだ。市や法人によると、昨年4月以降、センターの入院患者は1日平均で10.0人(前年度5.2人)、外来患者は67.9人(同43.8人)と増え、初年度の黒字は達成できそうだという。

 黒字経営はコスト意識を持ちながら各種サービスアップに努めたことだ。脳卒中の後遺症に悩む患者らへのリハビリ設備を充実させる一方、市運営時に年間300万円もかけていた清掃経費を3分の1に減らしたり、薬も院内処方から院外処方へ切り替えたりした。

 似内裕理事長(64)は「公立時代に本気に取り組んでいなかった経費削減を徹底させた成果だ」と胸を張る。

 中庸会は約3キロ離れた近所に別の診療所を持ち、互いの医師が連携できることも大きいという。

 センターはもともと赤字続きだった。一般会計からの繰入額は毎年1億2000万―1億3000万円。唯一の常勤医師も07年度末には定年退職が迫っていた。

 花巻市は指定管理者制度の活用で公設民営化を模索。独立採算を条件とした中庸会との契約について「市として新たな支出もなくなり、ほっとしている」と藤井広志・保健福祉部長は話す。

 総務省が2007年12月に公表した「公立病院経営改革ガイドライン」は3年以内の黒字化達成を求める内容になっており、自治体病院の民営化は全国で加速しつつある。

 こうした流れに、県立中央病院の元院長で自治体病院経営に詳しい樋口紘医師は否定的な見方を示す。「医療には不採算だが住民に不可欠な部分がある。例えば過疎地や救急・産婦人・小児の医療などで、これが民営化によって切り捨てられる恐れがある」と指摘する。

イーハトーブ病院.jpg 関係者が例に挙げるのが、廃止された岩手労災病院の後継として07年4月開院したイーハトーブ病院(花巻市)。医療法人を誘致した市は、無償貸与する施設の取得や3年間の運営補助に総額11億円を支出するが、診療科は13科から5科に縮小、外来患者も大幅減となった。

 地域医療での民間活力はどうあるべきか。似内理事長は、岩手県医療局が6カ所の県立病院・地域診療センターの無床化を進める計画に言及しながら、「採算の問題はある。だが、開業医は街にあふれている。県は民力を利用できるか、時間をかけて(県民と)議論すべきだったのではないか」と語った。

[花巻市石鳥谷医療センター] 前身は1963年開院の旧石鳥谷町立石鳥谷病院。2000年に移転新築して診療所化し、合併後は花巻市が引き継いだ。08年4月から医療法人中庸会が市の指定管理者。診療科は内科、外科、脳神経外科、リハビリテーション科、麻酔科の5科。19床。


以前別の記事で書いたように、医療はサービスではなく、国民の安全保障政策の一つである、と述べた評論家がいました。これには同感で、他国で被害を被った邦人を救出したり、北朝鮮の拉致事件解決を目指すことも大切ですが、国民全てが医療を受けられ、可能な限り健康を維持しようとすることが出来ることは、国民の権利であり、国家の義務であると考えます。

石鳥谷医療センター.jpgこの考え方が受け入れられるのなら、そもそも医療費自己負担額が存在したり、まして国保保険料滞納を理由に保険証を取り上げるような行政は大いに間違っていることになります。

その問題はとりあえず別にして、医療機関自体について考えてみると、国民の医療を受ける権利を第1に捉えるのなら、不採算であろうが、各地に全科揃った病院を整備するのは国や自治体の義務と思います。採算・不採算を問題にするのは最初から間違っていると考えます。
一般会計からいくら繰り入れようと、その結果自治体、もしかして国の財政がいかに厳しい状況になろうとも、これは必ず守るべき「聖域」であると考えます。

現実的にはこうした公的医療機関のみで多くの患者の医療を請け負うことは不可能ですから、開業医の存在が必要となります。事実上個人経営の開業医ではどうしても採算が問題になりますが、これらの開業医から依頼のあった高度医療・専門医療を要する患者の受け皿として、どうしても採算を度外視した公的病院の存在は必要不可欠と考えます。

こうした公的医療機関を採算優先で公設民営化するのであれば、診療科を揃える、各科医師数を必ず確保する、などの条件が必要と思います。名乗りを上げる民間医療法人などがなければ、採算はとりあえず無視して、地域住民の疾病に対応する病院を引き続き国や自治体が運営していくことは絶対に必要だと考えます。

採算が国民・地域住民の健康に優先されるようなことこそが「あってはならない」と思います。
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応報感情の急性期・慢性期 [生活/くらし]

毎日新聞 正義のかたち:死刑・日米家族の選択/4 許し、慰問する被害者の母

 ◇憎しみの人生に疑問

 <敬愛する ミッキーさま

 12年前、私には美しい娘がいました。あなたに命を奪われた子です。あなたが罰せられることを夢見てきましたが今、あなたを許せることに自分自身、驚いています。

 キャサリーンの母より>

ゲイル・キャサリン.jpg 米西部オレゴン州シルバートンに住むアバ・ゲイルさん(72)は92年4月、カリフォルニア州サンクエンティン刑務所のダグラス・ミッキー死刑囚(60)に手紙を書いた。数週間後、感謝するとの返信を受けたゲイルさんは同年8月、刑務所を訪ねる。

 案内されたのは死刑囚ばかりの棟。「怪物」ばかりだと思っていたが、死刑囚は誰も物静かで礼儀正しかった。待つ間、緊張で心臓の鼓動が高まった。約45分後、目の前に現れたのは「ごく普通の男性」だった。

 2人は3時間以上、語り合った。ミッキー死刑囚が16歳の時、母を自殺で亡くしたことも知る。「2人はキャサリーンについて話し、一緒に泣きました。私が娘を奪われた夜、ダグ(死刑囚)も未来を失ったのです」

    ◇

 事件は80年9月に起きた。ゲイルさんの次女、キャサリーンさん(当時19歳)は、カリフォルニア州のアパートに音楽家(当時30歳)と同棲(どうせい)していた。薬物を巡るトラブルからミッキー死刑囚は知人の音楽家を刺殺、キャサリーンさんも殺害した。日本に逃走したが、81年に逮捕され83年9月、刑が確定した。

 数年間、ゲイルさんは「泣いてばかりでバケツ何杯もの涙を流した」。その後、悲しみよりも、犯人を憎む気持ちが強まる。死刑執行に立ち会い、苦しむ姿を見ようと誓った。

 しかし、事件から8年がたち、憎しみで終わる人生に疑問を持った。教会などを訪ね、怒りの感情が、平和や愛を求める気持ちに変わった。事件から12年、ゲイルさんは不思議な「心の声」を聞く。「許し、それを相手に伝えなさい」。その直後に手紙を書いた。

    ◇

 ゲイルさんが犯人を許すまでにかかった時間は12年。一方、米東部ニュージャージー州で8年前、強盗の男に両親を殺害されたシャロン・ハザードジョンソンさん(52)は、07年暮れに州が死刑を廃止したため、犯人の死刑を墓前に伝える機会を失う。「私の心は壊れたままだ」

 州議会で死刑の是非が議論されている間、死刑維持を主張し続けた。「犯人を許すことも、復讐(ふくしゅう)することもできず、正義に期待するしかなかった。両親は、正義に値する人だった」

 死刑の維持や執行の停止が州によって異なる米国。死刑を望んでもかなえられないハザードジョンソンさんのような遺族は少なくないとみられる。それでも、ゲイルさんは言う。「死刑は遺族を増やすだけです」。ゲイルさんは今、死刑廃止を訴え全米を講演。ミッキー死刑囚を「友人」と呼び、定期的に慰問する。「キャサリーンの声が聞こえるんです。『ママは間違っていないわよ』って」【シルバートン(米西部オレゴン州)で小倉孝保】=つづく

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 ■ことば

 ◇米国の死刑制度
 米連邦最高裁が1972年、死刑を違憲と判断し各州が中止したが、76年の合憲判断で復活が相次いだ。現在、全米50州のうち死刑を規定しているのはカリフォルニアやテキサスなど36州。執行停止の州も多い。死刑復活から08年末までの執行は全米で計1136件。ほとんどが南部。執行は薬物注射で、家族や被害者遺族、ジャーナリストの立ち会いを認める州も少なくない。

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サン・クエンティン刑務所.jpg死刑制度の是非に関する問題提起として大変興味ある事例であるとともに、振り返って日本における刑事裁判との比較において、感じることがあり、取り上げました。

殺人事件被害者の遺族が、このゲイルさん同様に加害者を許せる境地に達せるか、また達するべきかというとそうは思えません。宗教の問題もあります。ただ、それにしても対極にある日本人の応報主義に嘆息せずにはおられません。
すぐに想起されたのが、被害者参加制度導入後の、過失事件です。大半の刑事裁判で、被害者や遺族が被告人に対して少しでも重い量刑を、厳罰を、と訴えます。ある意味当然のことです。事故が起きたあとのショックや悲しみが何ら癒えていない時点で、被告人に憎しみの感情を抱くな、という方が無理な話です。
だからこそ、そういう怒りの頂点にいる被害者・遺族を法廷に入れることには大いに疑問を持ちます。応報感情のピークにあるエネルギーが判決を重い方にシフトさせてしまうようでは、公正な裁判は望むべくもありません。

過失ではない故意である殺人でさえ、本ニュース記事のように遺族が加害者を許すということもあり得る訳です。以前にも書きましたが、まして過失致死・致傷であれば、時間の経過により被害者や遺族が、加害者に対して持つ感情が変わってくるのは想像に難くありません。事故からあまり時間の経過していない法廷では量刑そのものを少しでも重く、執行猶予が確実な場合でもその年数を少しでも長く、という主張が報道されます。こうした主張は感情的には理解できるものの、一方でいやな気分になります。

さて、死刑廃止については私も賛成です。「死刑は遺族を増やすだけです」という言葉、重く受け止めるべきではないかと思っています。

そして、故意による殺人でも、過失致死事件でも、遺族の急性期の応報感情を法廷に入れることは、決して正しくないと思います。他の視点から異論のコメントも頂戴していますが、この点から被害者参加制度の廃止を望んでいます。
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レジ袋と環境問題 [生活/くらし]

毎日新聞 レジ袋有料化:川口サミット、中止へ 客足が減少で /埼玉

川口市役所.jpg 川口市と協定を結び、地球温暖化対策としてレジ袋有料化に取り組んできたスーパーのサミット(東京都)は17日、「サミットストア川口赤井店」での有料化を中止し、3月3日から無料配布を再開すると発表した。
 同市は県のモデル事業として、市内の12業者19店舗と協定を結び、昨年11月からレジ袋有料化をスタート。サミットは無料配布再開の理由について、「有料化後、月平均6%程度の売り上げ減少が続いている。来店客の理解や支持が得られないと判断した」と語る。
 川口市廃棄物対策課は「今回の中止は残念だが、今後も他の店舗に参加を呼びかけレジ袋削減に取り組む」とコメント。県資源循環推進課は「各事業者の協力がないと推進できない取り組みなので大変残念。有料化をドラッグストアに広げる計画も進んでおり、市と協力しながら推進していきたい」と話した。【鴇沢哲雄、山崎征克】


サミットストア.jpgレジ袋問題については以前にも取り上げました。自治体が先頭に立ってレジ袋有料化を促進しようとする動きに疑問を感じています。

環境問題からレジ袋の削減を、という考え方を否定するものではありませんが、これまた自治体によってはわざわざ有料ゴミ袋を作ってレジ袋によるゴミ出しを認めないというケースも聞きます。ゴミ収集費用徴収が最優先で、肝心の環境問題からすれば本末転倒です。

また小売店と消費者という経済取引にあって、レジ袋を断った人に値引きするか、レジ袋をもらう人に課金する=レジ袋を有料化するか、あるいは何もしないか、は小売店が消費者の動向を見ながら決定すべきことであり、自治体などが後者を強要すべきことではありません。
不景気下、生活が苦しい国民も多い状況下で、後者を強制することは正しい方向とは思えません。

レジ袋が必要以上に目の敵にされているような印象を持ちます。ゴミ袋としての再利用や、牛乳パック・ペットボトルのようなリサイクルを検討しても良いはずです。
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自動車運転過失致死罪 [車/バイク]

カナロコ てんかん患者による事故で運転手に禁固4年求刑/横浜地裁

横浜地裁.jpg 昨年三月、横浜市鶴見区の歩道で市立中学二年の男子生徒(14)が、てんかん患者の男が運転する車にはねられ死亡するなどした事故で、自動車運転過失致死傷罪に問われた川崎市幸区の会社員(45)の論告求刑公判が十八日、横浜地裁(木口信之裁判官)であった。検察は「てんかんの薬を処方通り飲まなかった」などとして、禁固四年を求刑。弁護側は「薬は飲んでいた」として無罪を主張し、結審した。判決は三月十八日に言い渡される。

 公判では、証人として出廷した男子生徒の両親が「私たちは一生息子を失った悲しみを抱えて生きていく」と被害感情を訴え、「被告は本心から謝罪しているとは思えない。実刑にしてほしい」などと意見陳述。

 検察側は論告求刑で、「被告は、過去にもてんかんの発作により物損事故を起こしたことがあった。薬を飲まないと発作が起こることを知りながら、処方通り服用していなかった」などと指摘した。

 弁護人は「被告は薬を飲んでいた」として、過失責任を否定し無罪を主張した。

 起訴状などによると、会社員は二〇〇八年三月九日午前十時二十五分ごろ、鶴見区下末吉三丁目でトラックを運転中、持病のてんかんの発作を起こして意識を喪失。歩道で信号待ちしていた男子生徒を死亡させるなどした。


鶴見区下末吉3丁目.JPG運過致死傷罪を廃止して欲しいと以前から願って来ました。ドライバーを刑事裁判にかけて、あまつさえ被害者参加制度まで駆使して遺族感情をぶつけるこの裁判が顕著にその不毛さを表しているように思います。

車に命を奪われた男子生徒の両親にしてみれば納得しがたい不条理です。おそらく何の落ち度もない子供が、飛び込んで来たトラックに命を奪われた。許せない。
しかしそれは感情論です。以前から書いて来たように、誰の人生もその進路の周囲に色々な危険な落とし穴がたくさん開いています。このトラックがもう少し手前か先方で歩道に突っ込んだのであれば、この生徒は命を落とすこともなかったかも知れない。

もちろん賠償を受ける権利があります。トラックの加入していた自動車保険から十分な補償を受けるべきだし、実際によく見られる、保険会社の保険金過少算定があれば、それに対して不服を申し立て、場合によっては訴訟を起こすべきこともあるでしょう。万が一トラックドライバーが自動車保険未加入であれば当人に賠償請求を行うことになるでしょう。

てんかんを患うこのドライバーを交通刑務所に4年間収容させるとこの両親の溜飲は下がるのでしょうか。典型的な、そしてただの応報主義にしか見えません。
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